川口能活選手『引退』

日本サッカー界の初代GKレジェンドである川口能活選手(以後、愛称を込めて「ヨシカツ」と書かせていただきます)がついに今シーズン限りで引退しますね。

私はヨシカツ世代ド真ん中でした。学年で一つ下、高校時代から常に憧れの存在でした。

間違いなく日本サッカーにおけるゴールキーパーのイメージを変えてくれた第1人者だと思います。

全国高等学校サッカー選手権、準決勝での城彰二選手擁する鹿児島実業との死闘、PK戦までもつれ、ヨシカツがPKストップしての勝利から全国制覇。

その後は、当時日本代表GK松永成立選手がいる横浜マリノスへ入団し28年ぶりのオリンピック予選突破に貢献。

準決勝のサウジアラビア戦を当時高校生だった私は向ヶ丘遊園のカラオケ屋で歌も歌わず店員さんに試合の進捗を聞いていた事を覚えています。

 

そしてアトランタオリンピックではブラジルに勝利したマイアミの奇跡。

 

横浜マリノスでは、わずか2年でレギュラーポジションを奪い、一気に日本代表へを駆け上がっていきました。

 

当時はこんなCMも。。。エネルゲン飲もっかな。

 

フランスワールドカップ予選では、今思えば今年のハリル解任なんか比にならないくらいエグイ出来事が。。。

ワールドカップ予選途中、アウェイでの連戦中に加茂監督の更迭、岡田コーチの監督昇格。

余談ですが、当時の協会の決断って、本当に腹を括ったプロフェッショナルだった気もしますが。。。

その決断もあり、その後、ワールドカップ予選史上初、アウェイでの韓国撃破。
そしてジョホールバルの歓喜。

あの頃は日本サッカーが本気で世界を目指し始めた時代でしたね。

いちいち解説も熱かったですよね!

1998年日本代表が初めて参加したフランスワールドカップでは、世界の壁の厚さを感じたアルゼンチン、クロアチア、南アフリカでの3連敗。

その中でも、ヨシカツのプレーは見るものを熱くしてくれました。

 

2001年には日本人ゴールキーパーとして初の海外移籍。レギュラーポジションを取りきれず、その影響もあったせいか2002年自国開催での日韓ワールドカップではライバル楢崎選手にレギュラーポジションを奪われるも、2004年アジアカップではヨルダン戦の奇跡のPKストップ、そしてアジア制覇!

2005年にジュビロ磐田移籍で国内復帰し、2006年ドイツワールドカップ、史上最強と言われたジーコジャパンでは再び楢崎選手からレギュラーポジションを奪うも、日本代表は惨敗…
オーストラリア戦のロングスローへの対応でバッシングされましたが、クロアチア戦のPKストップ、ブラジル戦の数々のファインプレーはいまだに心に残っています。

2008年アジアカップもレギュラーとして活躍するも、その後のワールドカップ予選中にレギュラーポジションを奪われ、Jリーグでは腓骨骨折し2010年南アフリカワールドカップは絶望的と言われながらのサプライズ選出!
見事に2度目のベスト16に貢献。

その後は完全に代表からは声がかからなくなりアキレス腱断裂に見舞われるも復活を繰り返しFC岐阜、SC相模原と渡り歩き2018年現役引退。

日本にプロサッカーリーグが誕生し、28年ぶりのオリンピック出場、初めてのワールドカップ出場から6大会連続でのアジア予選突破。
常に日本サッカー界の歴史にはヨシカツがいました。

現在Jリーグで活躍しているゴールキーパーの多くはヨシカツに憧れてゴールキーパーを始めたと思います。

引退会見でも言ってましたが、ゴールキーパーのプレーそのものがカッコイイと思ってゴールキーパーを目指してくれる子供達をどんどん増やしていきたいと改めて強く思いました。

そして、近い将来、ゴールキーパー育成の仕事を一緒にできる事を夢見て、私も日々学び続けて成長しなければと思いました。

最後に、川口選手に。

『ゴールキーパーというポジションを選んでくれてありがとう!』

彼のようなスター選手の登場が日本のゴールキーパーを変えると信じています!

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